広島県工芸リンク

郷土玩具バーチャルミュージアム‥広島県篇(1) 三次宮の峡(海)土人形、三次(みよし)土人形、常石張り子
郷土玩具バーチャルミュージアム‥広島県(2) 田面(たのも)船、田面(たのも)人形、尾道の三体神輿
郷土玩具バーチャルミュージアム‥広島県(3) べっちゃー土鈴、三原だるま、廿日市張り子、宮島の諸玩具
郷土玩具バーチャルミュージアム‥広島県(4) 三原人形、厳島管弦祭りの船、たのも船(頼母、田面船)、大竹の流し雛、大竹の紙鯉
宮島焼;(焼き物・陶磁器・陶芸・窯 元) 宮島焼は別名「御砂焼」とも言う。安芸の国の人が他国に旅をする際、道中の安全を願って、厳島神社の本殿社下のお砂を拝受して出立し、無事に帰郷できた際には、お砂守とともに旅行先の砂を何倍かにして返すという、いわゆる「お砂返し」の風習があった。 この砂を混ぜて焼いたのが宮島焼の興りと伝えられている。
広島一国斎高盛絵 漆器,木地製品を素材として,花,虫類等を漆で盛り上げて描いた高肉の漆工芸である。
広島仏壇 室町時代にはじまるといわれるが,18世紀初めまでには京都,大阪の技法を学び独自の技法を確立した。塗りの技術に定評がある。形式は大阪に似るとされている。全国屈指の産地である。
広島熊野筆 農家の副業として行われた行商を基盤として,19世紀前半に製筆法が確立した。現在では町の5割が毛筆業に関係し,全国生産の8割を占める大産地を形成している。
備後絣 芦品郡出身の富田久三郎が嘉永6年(1853)に経糸と緯糸の絣になる部分を竹の皮で巻き,井桁絣を作ったのが起源である。素朴な模様と飽きのこない味わいで人々に愛用されている。
広島銅蠢 銅蟲は、江戸時代の初め広島藩主浅野公に仕えた銅細工師清氏が、仕事熱心なあまり「銅の蟲」と呼ばれたことに由来する。その技法は、銅板を槌で叩いて整形し、表面に「ツチ目」模様を施し、藁で燻して、磨き上げたもので、時代を経るほどに、一層深い色としぶい光沢を帯びてくる。
広島矢野かもじ 江戸時代初期に、大阪屋吉兵衛が創始したとされている。現在では日本髪かつらの手植えの技術を応用し、ヤング市場を中心としたファッション性の高いヘアピースが主に製造されている。
三次人形 江戸時代から作り始められたと伝えられ、粘土を焼成し、彩色したもので、独特のつやがあり、別名「光人形」と言われている。
広島大竹手打刃物 天保9年初代青龍軒盛俊が江戸にて免許を取得した後、岩国に帰り吉川侯の刀匠となったのが始まりで、三代盛俊が明治の中頃、大竹で刃物及び刀剣鍛冶を開き、晩年国工の栄に輝く。
広島戸河内刳物 起源は宮島細工にあり、藤屋大助が江戸時代後期に創始したと伝えられており、その後に福田李吉が宮島から材料の供給地である戸河内町に移住し、その技術を伝えたものである。
広島戸河内塗物 起源は、明治の中頃、島根県から移住してきた石田富治から木地及び漆塗りの技術を習ったことによる。
宮島焼き 江戸時代から焼かれ始めたと伝えられ、古くは「お砂焼」でも知られている。
広島川尻筆 江戸時代末期に上野八重吉が製造したのが最初で、以来次第に筆造りが定着した。熊野筆とともに広島県は全国生産量の大部分を占めている。
A traditional craft of Hiroshima. 広島県の伝統的工芸品の紹介