大分県工芸リンク

郷土玩具バーチャルミュージアム・大分県篇(1) 別府竹細工、雛絵馬(長浜神社)、鬼絵馬(鬼神社)、浜の市の一文人形
郷土玩具バーチャルミュージアム・大分県篇(2) 大分の諸玩具、磯辺鴎村制作の諸玩具、宇佐神社の授与品、赤兵子(へこ)天神と中津のみこし
郷土玩具バーチャルミュージアム・大分県篇(3) 大分の鳥笛、日出人形(ひじにんぎょう)、竹田のうなりごま、宇目のけんかごま、竹田の姫だるま、日田、玖珠地方のきじ馬
郷土玩具バーチャルミュージアム・大分県篇(4) 日田・玖珠地方の「うそ」、日田羽子板、日田土鈴、バーナード・リーチときじ車
別府竹細工 別府の竹細工の起源は景行天皇が九州熊襲征伐(くまそせいばつ)の帰りに別府に立ち寄った際、お供の膳伴(かしわごのとも)が、良質の苦竹(まだけ)の多いことを 発見して、メゴ(茶碗かご)を作ったことが別府竹細工の始まりとされています。
大分小鹿田焼;(焼き物・陶磁器・陶 芸・窯元) おんたやき。開窯は寛文5年(1665)説と宝永2年(1705)説の2つがあって定かではない。宝永2年(1705)、大鶴村の代官黒木十兵衛が、小石原から陶工柳瀬三右衛門らを招いて開窯した。小鹿田の仙頭(地主)坂本家の提供した土地に朝鮮系の登り窯を築いたという。小鹿田郷に開窯されたのは、当時この日田一帯は天領であり、郡代が地元の産業奨励を理由に、小石原が領地にある黒田藩に申し入れて可能になったといわれている。地元では「日田の皿山」と呼ばれる。