滋賀県工芸リンク
| 郷土玩具バーチャルミュージアム‥滋賀県(1)-1 |
虫八幡の土鳩、日吉神社の神猿(山王神猿)、小幡人形 |
| 郷土玩具バーチャルミュージアム‥滋賀県(1)-2 |
草津張り子、近江商人土人形 |
| 郷土玩具バーチャルミュージアム‥滋賀県(2)-1 |
近江だるま、香泉人形 |
| 郷土玩具バーチャルミュージアム‥滋賀県(2)-2 |
大津絵土人形と大津絵十人衆土鈴、大津絵の絵馬、大津絵、大津絵土鈴とちまき土鈴 |
| 信楽焼;(焼き物・陶磁器・陶芸・窯 元) |
日本6古窯のひとつ。天平年間(729-749)、聖武天皇造営の紫香楽宮の瓦を焼いたのが始まりとされているが、定かではない。平安時代の末期には焼き締めの壷や瓶などの日用雑器を焼いていた。 |
| 滋賀膳所焼 |
茶の湯道具の基礎講座 。膳所焼について。 |
| 鼻緒 |
江戸時代中期、ビロードを使った鼻緒の生産が始められた。縫製したビロードを裏返し、パイル面が表にくるようにする。全国生産の大半を占める。 |
| 滋賀上丹生木彫 |
米原町上丹生の木彫の起源は江戸時代中頃、当地の上田・川口両氏が京都で大工職を学び、神社仏閣の彫刻の技術を持ち帰ったことに始まる。 |
| 滋賀ろくろ工芸品 |
ろくろで材料を回転させ、ノミに似たカンナで削りだした木製品のことをいい、江戸時代後期に長浜で始まった。 |
| 滋賀竹皮細工 |
竹皮笠は、甲西町下田の最も特色ある農家の副業製品で、延享年間に村民上西祐玄が江戸で習った技術を持ち帰ったのが始まりといわれる。 |
| 滋賀竹根鞭細工 |
伝説では、源頼朝が前九年の役で大勝し、凱旋のとき、この地に鞭を奉納したのに始まるといわれ、江戸時代には参勤交代の侍が乗馬鞭として購入した。 |
| 滋賀竹製花籠 |
多賀町敏満寺地区は、古くは「かご作りの村」と呼ばれ、手かご、茶摘みかごなどを20戸ほどで作っていた。その後、合成樹脂製品が出現し、現在は彦根市内において一人で籠作りを続けてている。 |
| 滋賀八田焼 |
江戸時代初期に始まり、農村の副業として栄えた。陶土はきめが細かくよく焼きしまり、移り香のない特色をもつ。徳利、片口、湯呑み、土瓶などの生活用品のほか、素やきのかわらけも焼く。 |
| 滋賀ビロード(起毛工) |
江戸時代中期(亨保年間1716〜36)に西陣から伝来したビロードには銅又はステンレスの針金を織り込んで輪奈をつくり、その先を小さなメスのような小刀で切って 毛羽を立てたもの(毛切、本天)と、針金を引き抜いたままのもの(輪奈天)とがあり、柔和な手ざわりと深みのある色調をもつ。 |
| 正藍染・近江木綿 |
正藍染は、昔、阿波特産の葉藍を原料とした紺染であったが、その後四国の葉藍を当地で栽培、その染め上がりは従来のものと異なり、光沢及び堅牢さに独特の味を発揮し、名声は全国に及んだ。 |
| 滋賀本藍染 |
明治3年、藍染を修業した初代森九蔵の創業に始まる。染料としては天然の蓼藍のみを使用し、江戸時代に完成されたといわれる最良の染色方法である「ふすま建て」を伝承する。 |
| 滋賀手織真田紐 |
大阪城の名将、真田幸村が考案したといわれる色糸織りの手織りひもである。 |
| 滋賀竹刀 |
江戸時代中頃に竹刀づくりの原型ができた。明治30年頃、池田誠太郎が京都伏見で技術を修得して郷里の人々に伝授した。 |
| 近江上布 |
起源は古いが、19世紀に入り彦根藩の振興により発展する。ちよ麻糸、手うみの大麻糸を使う。いざり機で織る生平と、「なせん」で染色して絣糸による絣織とがある。上布の代表産地として名高い。 |
| 滋賀網織紬 |
江戸中期、宝歴年間に始まった網織紬は漁網の網目を揃え、切断し、ひげ状の糸に結び織り込んでいく絹織物である。織物の表面にひげが出る湖北特有の織物である。 |
| 近江雁皮紙 |
江戸時代文政年間に越前から製紙法がこの地に伝習されたといわれる。近江鳥之子紙と呼ばれる。 |
| 彦根仏壇 |
市内芹橋から雨壷山東麓にかけての、七曲りと呼ば れる通り沿いに仏壇店が建ち並ぶ。泥絵の盛り上り蒔 絵を特長とする彦根仏壇は、比較的大きめの農家向け の物が多く、浄土真宗向けのものがほとんどである。 |
| 滋賀濱仏壇 |
江戸時代中期1700年代、日本三大山車まつりの一つである、長浜曳山祭の曳山を型どり、仏壇の様式として藤岡和泉が創案した。 |
| 滋賀小幡人形 |
小幡人形は、細居家の伝承によると江戸時代中頃、当時飛脚をしていた安兵衛がたびたび追い剥ぎの被害にあうのを恐れ、京都の伏見人形の製法を修得し、中山道を旅する人の土産としたのが起源とされる。 |
| 滋賀和ろうそく |
ハゼの実を原料とする昔ながらの純植物性の和ろうそくである。 |
| 滋賀高島虎班石硯 |
江戸時代初期に始まった硯の製造は、比良山系阿弥陀山より採掘した虎班石、玄昌石を用いて明治から大正時代にかけて盛んに行われた。 |